番外編 紀北町の食文化を伝える「かつお節の博物館」を訪ねて

番外編 紀北町の食文化を伝える「かつお節の博物館」を訪ねて

カツオの町、紀北町。
古くよりカツオ漁、そしてカツオの加工業が盛んで、江戸時代には諸国鰹節番付表の西方前頭十一枚目に引本、同十三枚目に長島が選ばれたほどだ。
紀北町引本浦にあるまちかど博物館「かつお節の博物館」は紀北町の鰹節作りの歴史を伝える場所だ。
これまで上保商店・カネ進商店と町内の2件の事業者を取材させていただいたわけだが、町内の鰹節文化の拠点でもあるまちかど博物館でさらに詳しく調べることにした。

まちかど博物館とは

コレクションや伝統の技、手仕事などを、仕事場の一角や個人のお宅などで、館長の語りとともに見ることができる新しい形の博物館だ。
今回訪れた「かつお節の博物館」も20年ほど前までは鰹節の加工を行っていた場所で、案内してくれた館長は5代続いたカネイ商店の5代目浜田耕輝さん。

生節は紀北町の文化

紀北町の生節はカツオを煮ていぶしたもののことを言う。鰹節日本三大産地の枕崎(鹿児島)、山川町(鹿児島)、焼津(静岡)を調べてみると、かつおを煮た段階のものを「なまり節」として売り出している。鹿児島の場合、これをいぶしたもの、つまり紀北町の「生節」と同様のものを「焼なまり節」というそうだ。

紀北町には焼津の職人が鰹節作りの技を教えるために来ている。その焼津ではなまり節が主流なので、生節は紀北町民に愛された味、文化だと思う。

高級食材、本枯節の加工工程

カツオの身を煮ていぶしたのが生節、さらに数回いぶしたものが鰹節、殺菌室にいれ人工的にカビをつけ天日干ししたのが本枯節だ。本枯節は完成するまでに最低5~6カ月かかる。写真は左から生節、鰹節、本枯節である。

工程を重ねるごとに水分量が減っていき、生節だと40%程度あった水分が鰹節で20%前後、本枯節だとさらにそれ以下の水分量になる。水分量が少なくなると身が小さくなるので、作るものによって使うカツオの大きさを変えている。生節には1.5kgくらいのカツオを使用するが、鰹節だと2kg以上、本枯節なら4kg以上のカツオを使うそうだ。鰹節・本枯節は大きさだけでなく脂の量が少なくないといけない。脂の量が多いとうまく身がしまらないそうだ。夏はカツオの脂が抜けてくる時期なので、そのころが1年を通して鰹節作りのピークと言える。

かつおをいぶすときに使用する木はなんでもいいわけではない。
町内にも多いヒノキやスギでいぶすと、カツオにすすが付き黒くなるそうだ。
そのためいぶすときには強火で火持ちがいいウバメガシ、色がよく出るサクラやヤマモモを使用するそうだ。

 
鰹節の形の見本。形は重要で、この形に合わせて鰹節を整形していた。加工最中に身が欠けてしまった場合、カツオのすり身を練ったもので整形するそうだ。
鰹節を整形するナイフは代表的なものでも4種類もあり、部位によって使い分けている。
 
 
 

それぞれ用途が違うナイフ。一番右のナイフは骨を取るナイフだ。

このまちかど博物館には花かつおの製造機が置かれている。花かつおは鰹節を削ったもののことだ。この機械、誰でも使えるわけではない。12枚のカンナが取り付けられており、このカンナの調整がかなり重要だったので修業が必要だったそうだ。この製造機は鰹節問屋が多数並んでいた四日市市の富田で4代目が修業して導入したものだ。

 

まちかど博物館が見せてくれる引本の歴史

このまちかど博物館、数々の災害を乗り越えてきた建物で柱に水害の記録が残されている。

柱にはどの災害でどこまで浸水したかが記録されている。

建物内にある井戸。干潮時は水面が地下2m位の場所にあるが、満潮になると60cmまで迫ってくる

普段お世話になっている花かつお、いや鰹節。日本人にとってなくてはならない味だが、花かつおが普及した今、昔ほどなじみがなくなってきているのも現実だ。
町内のスーパーやPA・道の駅には生節、鰹節を買うことができる。茹で・いぶしの違いがあるので、各事業者で少しずつ味が違う。ぜひ好みの味を見つけに紀北町まで訪れてみてほしい。

※「かつお節の博物館」に訪れる際は、事前予約が必要です。詳細はこちら

紀北町の生節はこちらでご覧いただけます。


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